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自分×挑戦

セイコーエプソン株式会社
牛山 大(入社3年)

0.001mmを磨きだす競技世界。受け継がれるものづくりDNA

2009年10月に茨城県にて開催された第47回技能五輪全国大会。
主要部品の加工精度をミクロン単位(0.001mm)で研磨・調整しなければならない抜き型部門で、見事銅メダルを獲得した牛山さん。
表彰後には、先輩とあつい握手を交わしていた姿が記者には印象深い。
インターハイ・スケート選手であった高校卒業後、セイコーエプソンの「ものづくり塾」に進み、どのような年月を送ってきたのか、どんな学生だったのか、話を聞いた。


日本のものづくりの中心的技能である抜き型

第47回技能五輪全国大会の課題であった抜き型

牛山さんが銅メダルを獲得した抜き型部門は、「ものづくり」の原点の技術でもある。
設計図から型を作成し、その型を使用して1枚の薄い鉄板を立体的なプレス製品へと形づくる。抜き型があるからこそ、高品質かつ美しいデザインの自動車パーツや家電製品部品を低コストで製造できるのだ。

抜き型は中仕上げまでは機械を使って作ることができるが、最終仕上げでの研磨・調整は何十本ものヤスリを使って実際に人間の手で磨き上げるため、高い技術が求められる。
手作業でミクロン単位の加工を行い、優れた抜き型をつくることができるからこそ、高品質な製品を大量生産できるのだ。

今の生活に欠かすことのできない自動車、電化製品、携帯電話などあらゆる工業製品に抜き型は組み込まれ、ときには100万個単位の製品を生むこともあるほど、産業や社会への貢献度の高い技能である。

抜き型は、まさに日本のものづくりの中心的技能といってもいい。


スケート選手から技能五輪選手へ

セイコーエプソン「ものづくり塾」で日々修練を重ねる

技能五輪全国大会の入賞者発表の場でうれしそうに表彰台を上がったのが牛山さんだった。
少しやんちゃそうにウズウズしている笑顔と、なぜか、そういう舞台に慣れている感じを不思議に思ったのを覚えている。

牛山さんはセイコーエプソンの「ものづくり塾」に所属しており、2度目のチャレンジで抜き型部門の銅メダルを獲得するなど、一見ものづくりの王道を進んでいるように見える。
だが、岡谷南高校時代はスケートのインターハイ選手であり、工業系の知識はほとんどなく、セイコーエプソンの「ものづくり塾」にとっては初めてとなる高校普通科の卒業生であった。どこか異色な存在なのである。

スケート選手時代は高校2年時からインターハイに出場し、リレーでは全国3位になった。高校3年の進路決定の時期に、大学でスケートを続けるか否かを悩んだ。大学に行きたいという気持ちがないまま、進学することが正しいことのように思えなかったとき、教師が技能五輪の存在を教えてくれた。

技能というステージでの「競技」。

心を打つものがあった。住宅大工である父について手伝いをしていたので、ものづくりの現場は身近な存在だった。高校の普通科に進学し、スケートに熱中していた自分は工業系の知識も経験もないが、「技能の競技者になろう」と決めた。
縁あって、セイコーエプソンの「ものづくり塾」に入ることができ、社会人であり、技能競技者である生活が始まった。


初めて見た技能五輪。悔しかった自分

大工である父が作ってくれた手製のヤスリ棚。全国大会にも持っていった

セイコーエプソン「ものづくり塾」は例外はあるが、基本的には3年体制である。
入社1年目は基礎訓練で土台をつくり、2~3年目で各部門のエキスパートとして具体的な訓練を行う。
入社1年目の牛山さんは工業高校を卒業した同期たちと比べて明らかに知識と経験が足りなかった。機器の名称すら覚えるので精一杯だった。なにか不完全燃焼なまま、時間だけが過ぎていった。

入社して半年たった、2007年の秋。第45回技能五輪全国大会が千葉で開催され、先輩たちの応援に会場入りした。衝撃だった。そこは間違いなく競技の場であり、全員が真剣に、熱く戦っていた。自分はいったい何をやっていたのかと目が覚めた。

入社2年目の2008年、技能五輪全国大会の抜き型部門に初めて出場した。2年上の田中先輩が銅メダルを獲得するものの、自分は完敗。手も足も出なかった。先輩選手たちの技術の確かさ、レベルの高さを思い知った。


表彰台へ

2009年、第47回技能五輪全国大会の抜き型部門で表彰台に上がる

入社3年目である2009年、今年も技能五輪全国大会の抜き型部門に出場できた。
ミクロン単位(0.001mm)で鉄の塊を研磨・調整しなくてはいけない抜き型部門の課題は、全行程9時間30分のうち、フライス盤などの機械工程が3時間30分、ひたすら手作業でヤスリをかけ ミクロン単位で調整していく仕上げ工程が6時間である。
1年を通して何度も訓練してきたとはいえ、製作過程のなかで一歩でも間違えれば、ほぼ取り返しがつかない。かといって慎重に進めすぎると、製作時間が足りなくなる。
奇跡がおきる課題ではない。いかに実力を発揮できるかがポイントなのだ。
トラブルもあったが、「ほぼ実力通りにできた」本番だった。

入賞者発表で名前が呼ばれたときは「あの出来なら大丈夫だろう」という気持ちと、「きたっ!」という想いの両方だった。表彰台に上がったとき、夏の合同訓練で知り合った他県メーカーの友人たちがいたのがうれしくて、自然に笑みがこぼれた。最高だった。思わず会社の人たちにむかって、左手をふりあげた。


競技者から技能者へ

全国大会で入賞という当初の目標を達成した牛山さんに、5年後の自分はどうなっていたいか訊ねてみた。

「技能者として、複数の技術を身につけたいです。幅が広く、応用のきく技能者になりたい。電気系統の勉強もしたい」と答えてくれた。

技能五輪というステージをきっかけに技能の道に進んだ牛山さんは、「ものづくり」という更に大きなテーマの中で自分に必要なことを求めるようになっている。

セイコーエプソン「ものづくり塾」技能道場の百瀬課長にこれからの牛山さんについて訊ねると、「スペシャリストとしてさらに技術を深めてほしいことも勿論ありますが、技術探究を経験した彼らが、社内の様々な部署で活躍することが楽しみなのです」とおっしゃた。

牛山さんをはじめ、彼ら技能五輪の選手たちは、純化された「ものづくり」のDNAとしてもこれからさらに活躍の場を広げることだろう。

取材の最後に、入賞したことをご家族はなんて言ってた?と聞くと、「電話では普通そうにしてましたけど、帰ったら父親が鯛を用意して待っていました」と少し照れくさそうに笑って話してくれた。インターハイ3位のときも、彼はこんなふうに笑って応えたのかもしれない。


社名 セイコーエプソン株式会社
代表 碓井 稔
設立 1942年
事業内容 情報関連機器(プリンター、スキャナー等コンピューター周辺機器及びパソコン、液晶プロジェクター等映像機器)、電子デバイス(ディスプレイ、半導体、水晶デバイス)、精密機器(ウオッチ、眼鏡レンズ、FA)、その他の開発・製造・販売・サービス
従業員 連結78,376名/単体13,194名(2009年9月30日現在)
資本金 532億400万円
住所 〒392-8502 長野県諏訪市大和3-3-5
TEL 0266-52-3131
FAX 0266-53-4844
URL http://www.epson.jp/